報酬月額算定の特例とは?
標準報酬月額は、資格取得時決定、定時決定、育児休業等終了時改定、産前産後終了時改定、随時改定により決定・改定されますが、これらの算定方法で算出した結果が著しく不当になる場合や、そもそも報酬月額が算定できない場合があります。
条文を見てみよう
被保険者の報酬月額が、第21条第1項(定時決定)、第22条第1項(資格取得時決定)、第23条の2第1項(育児休業等終了時改定)若しくは前条第1項(産前産後終了時改定)の規定によつて算定することが困難であるとき、又は第21条第1項(定時決定)、第22条第1項(資格取得時決定)、第23条第1項(随時改定)、第23条の2第1項(育児休業等終了時改定)若しくは前条第1項(産前産後終了時改定)の規定によつて算定した額が著しく不当であるときは、これらの規定にかかわらず、実施機関が算定する額を当該被保険者の報酬月額とする。
2 同時に2以上の事業所で報酬を受ける被保険者について報酬月額を算定する場合においては、各事業所について、第21条第1項(定時決定)、第22条第1項(資格取得時決定)、第23条第1項(随時改定)、第23条の2第1項(育児休業等終了時改定)若しくは前条第1項(産前産後終了時改定)又は前項の規定によつて算定した額の合算額をその者の報酬月額とする。
資格取得時決定 育児休業等終了時改定 産前産後終了時改定 | 定時決定困難 | 実施機関が算定 (保険者算定) |
資格取得時決定 随時改定 育児休業等終了時改定 産前産後終了時改定 | 定時決定著しく 不当 | 実施機関が算定 (保険者算定) |
通常定められた方法によって報酬月額を算定することが「困難」な場合や「著しく不当」な場合は、実施機関が算定した額が報酬月額になります。これを保険者算定といいます。
事例におとしこんで見てみましょう。
算定することが困難
定時決定は毎年7月1日現在で使用されている被保険者について行われます。4月・5月・6月の3月間の報酬の総額を「その期間の月数」で除した額が報酬月額になります、報酬支払基礎日数が17日未満(短時間労働者は11日)の月は除いて算定します。
では、報酬支払基礎日数が、3月間とも17日未満だったらどうなるでしょうか?もしくは、病気やケガで欠勤し3月間とも報酬が無かったら?
算定することが困難な場合となり保険者算定になります。
なお、この場合は「従前の報酬月額」で算定し、標準報酬月額を決定します。
著しく不当な場合
定時決定において、4月・5月・6月の3月分以前の給料の遅配を受けた場合や、さかのぼった昇給の差額を4月・5月・6月のいずれかの月に受けた場合など、報酬月額が著しく不当になります。
定時決定
定時決定において算定した報酬月額が著しく不当な場合は以下のように算定します。
定時決定において著しく不当な場合 | |
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給料の遅配を受けた | 3カ月間において、3月分以前の遅配分を差し引いて 報酬月額を算定 |
昇給の差額を受けた | 3カ月間において、さかのぼった昇給分を差し引いて 報酬月額を算定 |
低額の休職給を受けた | 3カ月間のいずれかの月において3カ月とも該当する場合は、従前の報酬月額で算定 2カ月以下の月が該当する場合は 当該月を除いて報酬月額を算定 |
ストライキによる賃金カットがあった | 3カ月間いずれかの月において
一時帰休による休業手当等が支給された場合は、7月1日時点で一時帰休の状況が解消しているか、解消していないかで対応が分かれます。
一時帰休とは、不況による業績悪化などの理由で操業短縮を行うにあたり、従業員を在籍のまま一時的に自宅待機等の休業をさせることをいいます。新型コロナウイルス感染症の影響で一時帰休の措置を取る事業所も多かったのではないでしょうか。
7月1日時点で一時帰休の状況が解消している場合
7月1日時点で一時帰休の状況が解消 | |
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(例) 5月・6月に通常の報酬が支給 | 4月に休業手当等が支給され通常の報酬が支払われた月における 報酬月額の平均額により決定 |
4月、5月、6月すべて 休業手当等が支給 | 従前の額で決定 |
7月1日時点で一時帰休の状況が解消している場合、4、5、6月のうち、通常の報酬が支払われた月における報酬月額の平均額により決定します。言い換えると「休業手当を含まない月」が対象です。
例えば、4月に低額な休業手当が支給され、5月1日に一時帰休が解消。5月と6月に通常の報酬が支払われた場合、5月と6月の報酬で報酬月額を算定します。
4、5、6月いずれにも休業手当が支払われている場合は、一時帰休により低額な休業手当等に基づいて決定または改定される前の標準報酬月額(従前の等級)で決定します。
7月1日時点で一時帰休の状況が解消されていない場合
7月1日時点で一時帰休の状況が解消されていない | |
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含む4月、5月、6月の平均額により決定 | 休業手当等が支給された月を
標準報酬の定時決定の対象月(4~6 月)に一時帰休に伴う休業手当等が支払われた場合は、その休業手当等をもって報酬月額を算定し、標準報酬を決定します。
例えば、4月・5月は通常の報酬が支払われ、6月から低額の休業手当が支給された場合、含む4月、5月、6月の平均額により決定します。
休業手当等が支給された6月の報酬も一時帰休による事例は複雑ですので、機構の事例集で確認することをおすすめします。
日本年金機構:標準報酬月額の定時決定及び随時改定の事務取扱いに関する事例集
年間平均額による定時決定を行う場合
4・5・6 月の3カ月間に受けた報酬の月平均額から算出した標準報酬月額と、前年の7月から当年の6月までの間に受けた報酬の月平均額※から算出した標準報酬月額との間に2等級以上の差を生じた場合であって、当該差が業務の性質上例年発生することが見込まれる場合。
※支払基礎日数が17日未満(短時間労働者は11日)の月を除く
業務の性質上、4月~6月が繁忙期で残業が多くなる事業所もあります。4月~6月の報酬に基づく標準報酬月額で定時決定すると、4月~6月以外の報酬と比べて不相当に高くなってしまいます。年間を通じても、実際の報酬と標準報酬月額に乖離が生じますので保険者算定の申立てが可能です。
この場合、「通常の方法で算出した標準報酬月額」と「前年の7月から当年の6月までの間の年間平均で算出した標準報酬月額」との間に、2等級以上の差が生じると保険者算定の対象となります。
事業主が申立手続をする際は「被保険者の同意」が必要になります。
- 通常の方法で算出した標準報酬月額と年間平均で算出した標準報酬月額の間に2等級以上の差
- 業務の性質上例年発生することが見込まれる
- 被保険者が同意している
このように、4月~6月の報酬の平均で標準報酬月額を算出することが著しく不当である場合は、年間報酬の平均で算定することができます。「することができます」とは強制では無いことを意味しています。
被保険者の同意が必要なことからわかりますね。
前年7月から当年6月までの間に受けた報酬の月平均額から算定した標準報酬月額にて決定します。具体的な算出方法は、(前年7月~当年6月までの固定的賃金+非固定的賃金)÷12
随時改定
年間平均額による随時改定を行う場合
随時改定においても、「年間平均額による保険者算定」の仕組みがあります。最初に随時改定の要件を理解してから、なぜ「年間平均額」で随時改定を行う必要があるのか、理解する必要があります。
随時改定とは、固定的賃金の変動に伴い、その月以後継続した3 月間の報酬総額の平均額が、従前の報酬月額に対して 2 等級以上の差を生じたとき、定時決定を待たずに改定されます。
では、業務の性質上7月、8月、9月が繁忙期で残業が多い事業所で、7月に昇給があったとしたらどうなるでしょう。昇給は「固定的賃金の変動」ですので、他の要件を満たす限り随時改定の対象です。継続した3 月間の報酬総額の平均額には「残業(非固定的賃金)」も含めて算定しますので、標準報酬月額が実態以上に上がってしまいます。
そこで、随時改定の報酬月平均額と、年間の報酬の月平均額とが著しく乖離する場合、保険者算定を行うことができます。
要件を見てみましょう。
- 現在の標準報酬月額と通常の随時改定による標準報酬月額との間に2等級以上の差がある
- 通常の随時改定による標準報酬月額と年間平均額から算出した標準報酬月額との間に2等級以上の差がある
- 業務の性質上例年発生することが見込まれる
- 現在の標準報酬月額と年間平均額から算出した標準報酬月額との間に1等級以上の差がある
- 被保険者が同意していること
上記事例で、要件を満たしているか整理していきます。
7月~9月の報酬平均 32万円 20等級 現在の等級(14等級)と2等級以上の差
7月~9月の固定的賃金の平均 22万円
昇給月後3カ月間の非固定的賃金と、昇給月前9カ月の非固定的賃金を合計し月平均を求めます。36万円÷12で3万円となります。
STEP2の昇給後3カ月間の固定的賃金の月平均額と、STEP3の非固定的賃金の年間月平均額を合計して算出した年間平均額は22万円+3万円の25万円となり等級は17等級。
通常の随時改定での等級は20等級ですので2等級以上の差があります。
年間平均額から算出した標準報酬月額は、17等級となりました。現在の標準報酬月額は14等級ですので1等級以上の差があります。
通常の随時改定であれば14等級から20等級になり、一気に6等級も上昇してしまいますが、年間平均額による随時改定(保険者算定)を行うことで17等級となり実態に近い標準報酬月額が適用されます。
ただし、これらの要件に該当しても
- 業務の性質上例年発生することが見込まれる
- 被保険者の同意
も条件になっていますので注意が必要です。
同時に2以上の事業所で勤務
条文を見てみよう
2 同時に2以上の事業所で報酬を受ける被保険者について報酬月額を算定する場合においては、各事業所について、第21条第1項(定時決定)、第22条第1項(資格取得時決定)、第23条第1項(随時改定)、第23条の2第1項(育児休業等終了時改定)若しくは前条第1項(産前産後終了時改定)又は前項の規定によつて算定した額の合算額をその者の報酬月額とする。
単純に、同時に2以上の事業所で勤務する人の場合、合算した額で標準報酬月額を決定するという事です。注意点は「合算額をその者の報酬月額とする」点です。
例えばA事業所で決定した標準報酬月額とB事業所で決定した標準報酬月額を合算するのではなく、A事業所の「報酬月額」とB事業所の「報酬月額」を合算した額が、その人の報酬月額になり標準報酬月額が決定されます。
報酬月額と標準報酬月額の違いを、しっかりと理解できていない方はこちらも、あわせてご覧ください。
それでは過去問いきましょう
問1 被保険者の報酬月額について、厚生年金保険法第21条第1項の定時決定の規定によって算定することが困難であるとき、又は、同項の定時決定の規定によって算定された被保険者の報酬月額が著しく不当であるときは、当該規定にかかわらず、実施機関が算定する額を当該被保険者の報酬月額とする。
過去問 令和元年 厚生年金保険法
〇 被保険者の報酬月額が、定時決定、資格取得時決定、育児休業等終了時改定、産前産後終了時改定の規定によって算定することが困難であるとき、又は、定時決定、資格取得時決定、随時改定、育児休業等終了時改定、産前産後終了時改定の規定によって算定した額が著しく不当であるときは、実施機関が算定する額を当該被保険者の報酬月額とするでしたね。保険者算定といいます。
問2 報酬月額の定時決定に際し、当年の4月、5月、6月の3か月間に受けた報酬の月平均額から算出した標準報酬月額と、前年の7月から当年の6月までの間に受けた報酬の月平均額から算出した標準報酬月額の間に2等級以上の差が生じた場合であって、当該差が業務の性質上例年発生することが見込まれる場合には、事業主の申立て等に基づき、実施機関による報酬月額の算定の特例として取り扱うことができる。
過去問 平成24年 厚生年金保険法
〇 年間平均額による定時決定を行う場合の要件は、「通常の方法で算出した標準報酬月額と年間平均で算出した標準報酬月額の間に2等級以上の差」が生じた場合に、「業務の性質上例年発生することが見込まれる」ことです。事業主の申立て等に基づき保険者算定が行われますが、被保険者が同意していることも条件です。
問3 一時帰休に伴い、就労していたならば受けられるであろう報酬よりも低額な休業手当等が支払われることとなった場合の標準報酬月額の決定については、標準報酬月額の定時決定の対象月に一時帰休に伴う休業手当等が支払われた場合、その休業手当等をもって報酬月額を算定して標準報酬月額を決定する。ただし、標準報酬月額の決定の際、既に一時帰休の状況が解消している場合は、当該定時決定を行う年の9月以後において受けるべき報酬をもって報酬月額を算定し、標準報酬月額を決定する。
過去問 令和6年 健康保険法
〇 一時帰休による休業手当等が支給された場合は、7月1日時点で一時帰休の状況が解消しているか、解消していないかで判断します。原則、定時決定の際に低額な休業手当等が支払われた場合は、その休業手当等をもって報酬月額を算定して標準報酬月額を決定します。ただし、一時帰休が既に解消している場合は「当該定時決定を行う年の9月以後において受けるべき報酬」をもって報酬月額を算定します。「9月以後において受けるべき報酬」の意味は、休業手当等を受けていない月分だけで決定した報酬のことです。なお、4~6月すべての月において低額な休業手当等を受けた場合は、休業手当等を受ける前の標準報酬月額(従前の等級)により算定します
問4 3か月間の報酬の平均から算出した標準報酬月額(通常の随時改定の計算方法により算出した標準報酬月額。「標準報酬月額A」という。)と、昇給月又は降給月以後の継続した3か月の間に受けた固定的賃金の月平均額に昇給月又は降給月前の継続した12か月及び昇給月又は降給月以後の継続した3か月の間に受けた非固定的賃金の月平均額を加えた額から算出した標準報酬月額(以下「標準報酬月額B」という。)との間に2等級以上の差があり、当該差が業務の性質上例年発生することが見込まれる場合であって、現在の標準報酬月額と標準報酬月額Bとの間に1等級以上の差がある場合は保険者算定の対象となる。
過去問 令和元年 健康保険法
✕ 年間平均額による随時改定を行う保険者算定の問題です。場合昇給月又は降給月前の継続した12か月では無く、昇給月又は降給月前の継続した9か月間なので間違いとなります。
通常の随時改定の計算方法により算出した標準報酬月額と、昇給月又は降給月以後の継続した3か月の間に受けた固定的賃金の月平均額に昇給月又は降給月前の継続した9か月及び昇給月又は降給月以後の継続した3か月の間に受けた非固定的賃金の月平均額を加えた年間平均額から算出した標準報酬月額で算定します。
なお他の要件としては
- 現在の標準報酬月額と通常の随時改定による標準報酬月額との間に2等級以上の差がある
- 通常の随時改定による標準報酬月額と年間平均額から算出した標準報酬月額との間に2等級以上の差がある
- 業務の性質上例年発生することが見込まれる
- 現在の標準報酬月額と年間平均額から算出した標準報酬月額との間に1等級以上の差がある
- 被保険者が同意していること
問5 4月に遡って昇級が行われ、その昇級による差額給与が6月に支払われた場合、随時改定の算定の対象になるのは、4月、5月及び6月の3か月間の報酬月額であり、当該昇級により標準報酬月額に2等級以上の差が生じたときは、7月より標準報酬月額が改定される。
過去問 平成19年 健康保険法
✕ 通常受けるべき報酬以外の報酬を随時改定の期間において受けた場合は保険者算定となります。遡り昇給により昇給差額が遡って支給された時は、実際に支給が反映された月が固定的賃金の変動月とされます。
この事例では、6月から継続した3月間(6月、7月、8月)の翌月、つまり変動月から起算して、4月目である9月に改定されます。注意点としては、3月間の平均を算出するとき、4月、5月分の「昇給差額」は算入しません。
標準報酬月額の決定は、資格取得時決定、定時決定、育児休業等終了時改定、産前産後終了時改定、随時改定とありますが、報酬月額算定の特例(保険者算定)も重要な論点です。たびたび出題されますので基礎論点といえます。実務上も大切なのでしっかり理解しましょう。
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