健康保険と厚生年金保険に加入している従業員は、原則年に一回の定時決定により、標準報酬月額が改定され9月から翌年8月までの各月の標準報酬月額とされます。
ですが、年の途中で報酬が大きく上下することがあります。随時改定とは、報酬に大きな変動があった場合に、定時決定を待たずに標準報酬月額を見直すための制度です。月額変更届を提出しますので「月変」と言ったりもします。
随時改定の要件は?
随時改定のポイントは、報酬に大きな変動があった場合です。条文を通してその要件を確認しましょう。
条文を見てみよう
実施機関は、被保険者が現に使用される事業所において継続した3月間(各月とも、報酬支払の基礎となつた日数が、17日以上でなければならない。)に受けた報酬の総額を3で除して得た額が、その者の標準報酬月額の基礎となつた報酬月額に比べて、著しく高低を生じた場合において、必要があると認めるときは、その額を報酬月額として、その著しく高低を生じた月の翌月から、標準報酬月額を改定することができる。
2 前項の規定によつて改定された標準報酬月額は、その年の8月(7月から12月までのいずれかの月から改定されたものについては、翌年の8月)までの各月の標準報酬月額とする。
継続した3月間の報酬の総額を3で除す→標準報酬月額の基礎となった報酬月額に比べて、著しく高低が生じた。
この「継続した3月間」は極めて重要な論点です。定時決定の方法は覚えていますでしょうか?対比してみましょう。
報酬支払基礎日数が17日未満の月を除いた3月間(4・5・6月)の報酬の総額を「その期間の月数」で除す
継続した3月間(報酬支払基礎日数が17日以上なければならない)の報酬の総額を「3」で除す
わかりますか?定時決定は、必ずしも3月間の報酬の合計を3で割るとは限りません。報酬支払基礎日数が17日未満の月は除きますので、2月間を2で割るときもあるし、1月間だけで定時決定する場合もあります。
随時改定は、必ず継続した3月間の報酬の合計を3で割ります。条文カッコ書きで「各月とも報酬支払基礎日数が17日以上なければならない」とありますので、1月でも17日未満の月があれば要件を満たせず随時改定は行われません。
したがって分子、分母ともに必ず3となります。
著しく高低を生じた場合
継続した3月間受けた報酬の総額を3で除して得た額が、その者の標準報酬月額の基礎となった報酬月額に比べて、著しく高低を生じた場合に随時改定が行われる可能性がありますが、著しく高低を生じた場合とはどういう事でしょうか?
原則、継続した3 月間の報酬総額の平均額が、従前の報酬月額に対して 2 等級以上の差を生じたとき
厚生年金保険の標準報酬月額の等級は、第1級から第50級まであります。例えば現在、第20級の人が昇給等により継続した3月間受けた報酬の総額を3で除して得た額が、第22級に該当したとします。この場合、従前の報酬月額に対して 2 等級以上の差が生じていますので随時改定の対象になります。著しく高低を生じた場合ですので等級が下がった場合も同様です。
2等級の差の例外
原則、従前の報酬月額に対して 2 等級以上の差が生じないと随時改定の要件は満たせませんが、1等級の差で要件を満たす例外があります。該当するのは第1級、第2級、第31級、第32級の人で2 等級以上の差が生じたとみなして対象となります。
改定前の等級 | 変動 | 改定後の等級 |
---|---|---|
第1級 | 昇給 | 第2級 |
第2級 | 降給 | 第1級 |
第31級 | 昇給 | 第32級 |
第32級 | 降給 | 第31級 |
著しく高低を生じた場合ですので、第1級よりも下の等級が存在すると仮定して2等級以上変動した。第32級よりも上の等級が存在すると仮定して2等級以上変動したと考えます。
ケース | 従前の標準報酬月額 | 報酬月額 | 改定後の等級 |
---|---|---|---|
第1級で昇給 | 第1級88,000円 報酬月額83,000円未満 | 93,000円以上 | 第2級 |
第2級で降給 | 第2級98,000円 | 83,000円未満 | 第1級 |
第31級で昇給 | 第31級620,000円 | 665,000円以上 | 第32級 |
第32級で降給 | 第32級650,000円 報酬月額665,000円以上 | 635,000円未満 | 第31級 |
健康保険法では試験に問われたことがありますね。健康保険法の標準報酬月額は第1級(58,000円)~第50級(1,390,000円)ですので例えば
従前が第2級で、報酬月額が53,000未満に降給したら改定後は第1級となり
従前が49級で、報酬月額が1,415,000円以上に昇給したら改定後は第50級になります。
日本年金機構:随時改定の留意事項
標準報酬月額の上限と下限の等級と金額を覚えるのも大変なのに、また新たな数字が・・・・過去に問われたことがあるので健康保険法の数字の方は必須ですね。厚生年金保険法は余裕があれば頭の片隅にいれておきましょう。
固定的賃金の変動
著しく高低を生じた場合とは、固定的賃金の変動や賃金体系の変更があったことにより、従来の報酬額に比べで高低差が起きることをいいます。よって「残業手当」等、「変動的賃金(非固定的賃金)」が増加したことにより2等級以上の差が生じても随時改定の対象とはなりません。
- 固定的賃金(基本給、通勤手当、家族手当など支給額が決められている賃金)
- 賃金体系(日給から月給、新たに手当が支給など、賃金体系の変更)
同じベクトルでないと随時改定は行われない
同じベクトルとはどう言う意味か?変動原因(固定的賃金)と変動結果が同じであるという事です。
例えば固定的賃金が上昇(昇進)してけど非固定的賃金(残業)が大幅に減少し、結果2等級以上下がった場合は随時改定の対象にはなりません。
変動原因(固定的賃金)と変動結果が同じ
著しく高低を生じた月の翌月から改定
「著しく高低を生じた月」とは、昇給又は降給があった月なので「その翌月」とは、昇給又は降給があった月から 4 月目となります。「著しく高低を生じた月」のことを固定的賃金の変動月(起算月)とも言ったりします。起算月は「実際に支給が反映された月」か「1カ月分が完全に確保された月」で判断します。
実際に支給が反映された月
例えば4月に昇給したけれど、6月に4月、5月分の昇給差額が遡って支給された場合は、実際に支給が反映された6月が固定的賃金の変動月とされ、6月から継続した3月間(6月、7月、8月)の翌月、つまり変動月から起算して、4月目である9月に改定されます。
上記例でいうと、6月に4月、5月分の昇給差額(6万円)が支給されていますが、3月間の平均を算出するときは、当該「昇給差額」は算入しません。
通常受けるべき報酬以外の報酬を当該期間において受けたときには、保険者算定になります。保険者算定とは、通常定められた方法によって報酬月額を算定することが困難な場合や著しく不当である場合、厚生労働大臣が報酬月額を算定し標準報酬月額を決定することを指します。
1カ月分が完全に確保された月
給与計算期間の途中で昇降給した場合、昇給・降給した給与が実績として 1 カ月分確保された月を固定的賃金変動が報酬に反映された月として扱います。
例えば、毎月1日から末日の給与を当月25日払いの会社で、7月15日から新たに役職手当を支給すると決定し、7月給与は日割計算で支給れることになったとします。この場合、8月給与で「はじめて満額」が支給されることになりますので、「1か月分が完全に確保された月」は8月となり、8月から継続した3月間(8月、9月、10月)の翌月、つまり変動月から起算して、4月目である11月に改定されます。
随時改定要件まとめ
- 昇給または降給等により固定的賃金または、賃金体系の変動があった
- 標準報酬月額に2等級以上の差が生じた
- 変動月以降の継続した報酬支払基礎日数が3カ月とも17日以上(短時間労働者は11日以上)
- 変動原因(固定的賃金)と変動結果が同じベクトル
- 変動月から起算して4月目に改定
それでは過去問いきましょう
問1 厚生年金保険法第23条に基づく改定(いわゆる随時改定)の取扱いは、昇給又は降給により、従前の標準報酬月額等級との間に原則として2等級以上の差が生じた場合に行われるべきものであるが、ここにいう昇給又は降給とは、固定的賃金の増額又は減額をいい、ベースアップ又はベースダウン及び賃金体系の変更による場合並びにこれらの遡及適用によって差額支給を受ける場合を含み、休職のため、一時的に通常の賃金より低額な休職給を受けた場合を含まないものとする。
過去問 平成25年 厚生年金保険法
〇 随時改定では、固定的賃金の変動が報酬に反映された月を起算月として扱うこととしているが、休職に伴う低額な休職給を受けている間に固定的賃金の増減があった場合、休職給はその固定的賃金の変動を適切に反映しているとは言えないため、休職が終了して通常の給与支払いに戻った月以降3か月の平均報酬月額によって随時改定の可否を判断する。とされています。労働基準法の休業手当との違いに注意しましょう。
問2 賃金が時間給で支給されている被保険者について、時間給の単価に変動はないが、労働契約上の1日の所定労働時間が8時間から6時間に変更になった場合、標準報酬月額の随時改定の要件の1つである固定的賃金の変動に該当する。
過去問 令和3年 健康保険法
〇 固定的賃金の変動には「給与体系の変動」も該当します。時間給に変動は無いけれど、所定労働時間が8時間から6時間に変更になった場合は「給与体系の変動」に該当します。
問3 一時帰休に伴い、就労していたならば受けられるであろう報酬よりも低額な休業手当が支払われることとなり、その状態が継続して3か月を超える場合には、固定的賃金の変動とみなされ、標準報酬月額の随時改定の対象となる。
過去問 令和3年 健康保険法
〇 一時帰休に伴い、就労していたならば受けられるであろう報酬よりも低額な休業手当等が支払われることとなった場合は、これを固定的賃金の変動とみなし、随時改定の対象になります。この場合の判断は「その状態が継続して3カ月を超える場合に限られます」逆に、3カ月以内に解消されるのであれば随時改定の対象にはなりません。
問4 さかのぼって降給が発生した場合、その変動が反映された月(差額調整が行われた月)を起算月として、それ以後継続した3か月間(いずれの月も支払基礎日数が17日以上であるものとする。)に受けた報酬を基礎として、保険者算定による随時改定を行うこととなるが、超過支給分の報酬がその後の報酬から差額調整された場合、調整対象となった月の報酬は、本来受けるべき報酬よりも低額となるため、調整対象となった月に控除された降給差額分を含まず、差額調整前の報酬額で随時改定を行う。
過去問 令和元年 健康保険法
〇 遡り昇給や降給が行われた場合、実際に支給が反映された月が固定的賃金の変動月とされます。その変動月を起算月として以後3月間の報酬を基礎とします。その場合、超過支給分の報酬がその後の報酬から差額調整され控除された降給差額や、遡り昇給した場合の昇給差額は含めずに算定します。
問5 4月に遡って昇級が行われ、その昇級による差額給与が6月に支払われた場合、随時改定の算定の対象になるのは、4月、5月及び6月の3か月間の報酬月額であり、当該昇級により標準報酬月額に2等級以上の差が生じたときは、7月より標準報酬月額が改定される。
過去問 平成19年 健康保険法
✕ 遡り昇給や降給が行われた場合、実際に支給が反映された月が固定的賃金の変動月とされます。この設問の事例では、実際に支給されたのは6月なので6月、7月、8月の3カ月間を算定の対象とし、標準報酬月額に2等級以上の差が生じたときは、9月より標準報酬月額が改定されます。なお、遡り昇給した場合に4月、5月分の昇給差額が6月に支給された場合は、当該昇給差額は含めずに算定します。
届出は、事業主が「速やかに」被保険者報酬月額変更届を日本年金機構又は健康保険組合に提出します。「月変すみやか」で覚えましょう。
随時改定では、事例問題が出題されることもあります。一時帰休に伴う低額な休業手当等が支払われる場合は「その状態が継続」するか否かで判断します。要件をしっかり押さえた上で、細かい事例に対応できるようにしなければいけません。下記のリンク(機構の事例集)で対応しましょう。
日本年金機構:標準報酬月額の定時決定及び随時改定の事務取扱いに関する事例集
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